■燐光群
尺が長い。
坂手洋二にしては、今回やや暴走気味な感じを受けた。
登場人物が多くて錯綜気味。
事件に対する様々な人の群像劇であることは良いが、もう少し一つ一つのエピソードをさらっと処理した方が良い。一つのエピソードが、全体の話に馴染んでないので、ブロックごとに区切られてしまった印象がある。
例を挙げれば、布石として、アンダースタディについて語らせるのは良いが、芝居が中止になるかどうかのエピソードは、会話に出てくる程度でよい。
全体的にもう少し絞り込みがないと、ストーリィの流れがふらつきがち。
ここはいっそ、編集長を中心に話を展開しても良かったのかもしれない。それでなければ、最後のシーンが生きてこない。
それにしても、編集長の相手の役者がヒドイ。
それから、盛りあがりの部分のワークショップは微妙。アイディアは面白いけど、筋に馴染んでないから、浮いて見える。
・アフタートークについて
どちらかというと、日本は55年体勢崩壊から時間が止まっていると思う(ヒーローの消失)。
カタカナ=アンダースタディという発想は面白い。坂手洋二が、こういった言葉の感覚だと思ってなかったので、やや意外だった。ただ、折角の発想なのだから、もう少し軸をはっきりとさせるべき。
学者の人はトークが下手で、良い事を言っているんだけど、わかりにくいし、芝居のアフタートークというより、主張したい事を話しているように見えた。
アフタートークの人選もなかなか難しい。
◎アフタートークmemo
○9.11以降世界も彼処で足踏みしているように見える。
○アメリカ人は9.11からモビーディックを連想した。ジョン・ヒューストン監督の映画のラストを思わせる。
○燐光群は丁度9.11の時に白鯨をやっていた。
○屋根裏にもだるまさん転んだにも9.11のイメージがある。
○段ボールは燐光群のスターシステム。
○最近、アメリカで、一人で壮大なドラマを演じる事が流行っている(例:ワンマンスターーウォーズ、ワンマンモビーディック、二人でシェイクスピア/=つまりは落語)。
サ:俳優が自分の事を書いて、それを一人で演じるジャンルがある。日本ではあまり紹介されない(例:ユダヤ系の役者がイスラエルを訪ねる話)
サ:ドキュメンタリーの難しさ。沖縄の話は、人間関係がねじれきっていて、芝居にならない。ねじれきっているのは凄いことだが普通のこと。
サ:夜中の12時に電話しても編集長が居た。何となく居た。これを描きたかったが、それは別の作品で。
○ワールド・トレード・センター as in カタカナで巧く表している。=アンダースタディ
サ:自分というメディアを通していく=カタカナ
○2001年以降アメリカ批判を出来なくなった。研究でも、北米以外で無いと圧力がかかる(例:援助金)。ここから時間は動いてない。
○9.11は未来を爆破した。未来を構想しようとしても、9.11に引き戻される。ショートメモリーものが多いが、それはこのメタファーか?
サ:9.11は沸点のようなもので、元からあったものが、沸騰してしまった。これをアメリカ批判にすると構造が変わらないからアメリカ批判にしたくない。
サ:演劇は何かを出していくことと思われがちだが、受けていくことも大事。(h:自分を媒体にするという意味か?)世阿弥の能に近いものを感じる。ライブであることも含め。自分と観客が共通して感じるものがあり、それを掘り下げていく作業。
サ:(宛書きはするのか?と聞かれ)やりたい会話があって、それを作る為に前後を作る。
○「9.11は沖縄ですよ」に坂手洋二節を感じた
2008年01月11日
この記事へのコメント
鬱病を治した方々の体験を元に治療を行う
Posted by うつ病を克服した体験記 at 2008年01月11日 02:10
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