2007年09月20日

tsumazuki no ishi「犬目線/握り締めて」を見る 

照明のショットが綺麗だった。そして暗いシーンでも、顔にフォローを入れているが、そのフォローが絶妙。ウッスラとDFが付いている。素晴らしい。

派手な芝居や歌舞伎の方が、内なるテンション(エネルギー)の有無がわかりやすいが、静かな日常の芝居は、日常そのものがエモーション(感情)が高ぶることが少ないので、テンションが多少低い役者でもどうにかなる。
だが、ここは、そういう理由で面白いのではなく、きちんと丁寧な芝居をしている。
登場人物の異常性を、ちらちらと漸く感知出来るか出来ないかのレヴェルで見せるので、ダラダラした会話も飽きさせない。
ちょっと変わった人の会話を覗き見ている形だ。

全体的に役者は良い芝居をしていた。桃ちゃんなんかは秀逸だと思う。オタクの女の人が、大学の時の先輩に似ていた。ナイス気持ち悪さ。リアルに気持ち悪い。役者は穴があるとしたら、マチコ先生かな。一人だけ背景が見えない。

レパ的には、異常者を集めた群像劇だが、ドラマツルギーがシッカリしているので、判りやすい。何故か、何となく動物園物語を思い出した。群像劇といえば、ブレヒトなのになあ。
それにしてもこの人のセンスはちょっと変わっていると思う。群像劇は、話がまとまらなくなりやすいが、よく出来ている。

それにしても、大きいスイカのシーンは切ない。管理人室の中のシーンも不自然じゃないところが流石。役者が巧いのもあるが、演出と照明で、「覗き見」のシチュエーションを巧く作っている。
これも一つの形だなあ。
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2007年09月05日

cox&boxを見ル

けやきホール。小屋は220のキャパで、近くで見られるので豪華な気分だった。
◎アーティストライフ
総じて面白かったんですが、穴があるとすれば、洋服屋が名乗った段階でジャケットを指すなどのリアクションが欲しいかも。それから、額縁はハッキリと額縁である方が無難。
◎cox&box
バウンサーとコックスさんが幾つか軍隊っぽい遊びをしてから、バウンサーが軍隊の話に入った方が自然かも。ちょっと突然だ。

でも結局のところこんな細かい事を気にするのはヤボ。
ご機嫌で歌いながら帰ったよ。風邪でヨレヨレだったけど、浮かれて帰ったよ。これが芝居だよね。オペラってスゲェ。人を動かしたらそれが答だ。
兎に角、何かのエネルギーをぶつけることが大事だよね。
posted by 國王 at 00:34| ウィーン ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 芝居ヲ見ル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「猿之助十八番の内 獨道中五十三驛」を見ル

前半は、ヨレヨレだったせいか、ウトウトしてイマイチ記憶に残らず。役者やスタッフにモウシワケナイ。一応、戦ってたんだ!面白そうな場面が沢山あったのは、見てたんだ!……マジすまん。
でも、化け猫の部分からバッチリ目が覚めた。化け猫はヌイグルミなのに着物を着て見得を切っていた。ぬいぐるみの癖に格好良い。ちょっとウケル。
襲われる人が、地味な服を剥がされて、赤い服になるのが良い。こういうところ、歌舞伎はやっぱり良く考えられているよね。老婆が赤い服で出てきたのも見栄えがする。
レパとしては、姫が死ぬのが安易。というか、筋的にどうなんだ、あれ。生き返ったら面白いのになあ。どうせ荒唐無稽な話なのだから、そこまでファンタジーであっても良い。鶴屋南北もマダマダだな。
右近の十二役入れ替わりは正直微妙だった。メインにするのは難しい。籠の下から着物が出ているなどのトリックは良いが、舞台上で、客が注視する中で、ずっと後ろ向きであったり、何処かに隠れるのは明らかに芝居として変。もっと夢中にさせるストーリィの中の「ビックリ」として、味付けに使うべき。これはちょっと形式的すぎるかな。パズルをメインにしたものより、文章が巧い推理小説の方が面白いのと同じで、客が冷静な限り、どんなトリックでも破られやすい。
(何人かわからないではなく、右近が何役もやってますよ、と見せなければならないものらしいんですが、それにしてもこれは違うと思うんだよね。オモダカは芝居として面白いと思うから、ここは求めちゃうなあ)
それから、別れの場面や恐喝の場面など、もっと良い場面をじっくりと見せるべきかもな。場所の変化は、役者が右から左へ動く間に、書き割りを次々変えていくだけでも良い。同じテンポなのが微妙。もっと緩急を付けて欲しいなあ。
レパの問題点でもあるので、話に大鉈を振るって、切るところは切った方が良い。プロローグは要らないよ、と鶴屋南北に喧嘩を売っておこう。

最初に猿弥が父親を殺して甥が登場するシーンで、猿弥が去っていくところが好きだなあ。暗闇に乗じてという感じがする。

と、色々な感想を持ったわけですが、歌舞伎は、「良い場面をどうみせるか」が良く練られた芝居だと、今更ながらに思いました。言葉で誤魔化すでなく、芝居として、見せ方を知っている。
見せ場は盛り上げて、芝居として作る。
基本的なことなんだけど、意外と忘れられやすいことを、歌舞伎はしっかり押さえてる。
やっぱり、連綿と練られてきただけあるよね。
小劇場系には無い部分かもな。

そういえば、歌舞伎の舞台ツラの上部にある紅葉や桜の簾が良いなと思うんだけど、客席からショットしない前提でしか出来ないことに気付いた。
posted by 國王 at 00:33| ウィーン ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 芝居ヲ見ル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

猩々乱/鐵輪を見ル

能は能か演劇かがテーマ。古典では、「伝統(その形のもの)か、アートか」ってのは、どうしても問題になるよね。
ワガハイは、能も狂言も『芝居』だと思ってるんですが、そうじゃない人も居るんだろうな。

『伝統』というものは、『伝統』で大事です。言わば、何百年にも渡って、練られて抽出されたものだけが残ってきているわけですから。
ただ、その過程で不純物が混じってしまっている場合もある。型なんかは、どちらか区別が付きにくいですよね。誰かのヘンテコな癖が、人間関係によって残ってしまったものなのか、良いものであるから残っているのか。
やはりここは原則に返ると見えてくるものがあるんでしょうが、その『原則』自体もよくわからなくなっている場合があります。
門外漢がこんなことを言っているのも可笑しいですが。


『猩々乱/鐵輪』は、3日間で宝生/喜多/観世がそれぞれ同じ演目をやったらしい。全部観たかった。
3日間観てみたかったなあ。
能はシロートだけど、3日も見れば、流石にちょっとは前進しそうだ。
〔↓他の方の観劇日記〕(勝手にリンクすません)
→■宝生流を見られた方のブログ
→■喜多流を見られた方のブログ1
→■喜多流を見られた方のブログ2
→■喜多流を見られた方のブログ3
→■喜多流を見られた方のブログ4
→■楽園は心の中にあるさんの観世流についてのエントリ
→■楽園は心の中にあるさんの宝生流についてのエントリ

照明がカッコイイ。能は普通、照明を使わないが、あれくらいのささやかな使い方なら良いと思う。
そして、ヨシマサ先生は、くるりとまわるだけでも見栄えがするね。
能の凄さはここだと思う。
まだ数回しか観たことが無いけれど、動きに見入ってしまう強さがある。カッコイイ。
ただ、形をなぞるだけだったら、アレは生まれない。
「形をなぞる」ではなく、「能をやる」のは、相当な修行が要りそうだ。

そういえば、能や狂言は、先にストーリィを見ておいた方が良いと、何処かで読んだんですが、ワガハイは、あまり先に見ません。
見た方がより楽しめるのは判っているんだけれど、今は判るよりも、「ワケガワカランけど、スゲェもの」として感じたいんだと思う。
まあ、もう何本か見たら、先に調べたりもするようになると思うのですが、今は、先入観無しで見たい。「能はこういうものだから」ではなく、普通のレパとして、芝居として、どんなものなのかを観たい。
……もっと沢山観たいなあ。(-_-)
タダ券が落ちてないものか。
(註:ストーリィを知っていると先入観が出来てしまうのは、ワガハイだけなので、普通のシトは知ってから観た方が良いと思います。
なんというか、ストーリィを知ってしまうと、オレサマの中の何かが起動して、色々と脳内でチェックをしたり、補完してしまうんだよな)

兎に角、満足しました。

ポストトークを聞いて考えたこと
posted by 國王 at 00:31| ウィーン ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 芝居ヲ見ル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

燐光群「『放埒の人』はなぜ『花嫁の指輪』に改題されたか あるいはなぜ私は引っ越しのさい沢野ひとしの本を見失ったか」を見ル

■燐光群

一人の役と思われる人を違う役者が次々とやっていくのが自然。これが出来るのは、やはり燐光群の役者の力ですな。  
このレベルに役者を持っていくには、どういう練習をすれば良いのか大変気になる。
ただ、流石に、年の多い人が若い役をやると我に返る。ちょっと微妙かも。
原作の一人の人のエピソードの積み重ねらしい。レパはあまり好きではないが、坂手洋二の構成力は凄い。こういったものを見ると、やはり坂手洋二は演出家だな、と思う。
それから、ポストトークが面白かった。
原作者の質問が、丁度聞きたいような内容で、坂手洋二がホストというよりは、原作者がホストのようだった。
演劇は言葉で、映画は動きというのは、どういう意図で言っているのか不明だが、確かに、映画は「映像」というものが強いとは思う。一面に広がる砂漠をポンと映せば、何も要らないみたいなね。ただ、芝居も言葉無しで役者がそこにいるだけで何も要らない場合もあるとは思う。
また、エネルギーの循環という概念が面白い。確かにそれは感じる。スカしてウザイ芝居には、エネルギーが無い。エネルギーを役者間にも、劇場にも循環させて、体内でも循環させ、何かを発現させると良い芝居になるように思う。

面白いというか、違った角度から燐光群を見た一本でした。

ポストトークmemo
posted by 國王 at 00:24| ウィーン ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 芝居ヲ見ル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月14日

真面目な役者について思うこと

芝居を観ていると、たまに真面目な役者だな、と思う人が居ます。
ワガハイ的には、こういう役者は大好きなんですが、演出が巧く生かしてないケースも多くて、それがもどかしい。
巧く引っ張ると、良い芝居をするのになあ。

真面目な役者というのは、演出の言うことを良く聞きます。良く聞くというか、意向を意識するんですな。
なので、好き勝手やらない。
そして、役者間の関係に置いても、相手の芝居をきちんと受けます。主役の相手なら、尚更です。
だから、こういう役者には、「駄目なら駄目と言うから、好き勝手やって良いよ」とGOサインを出してやることが大事です。相手役なら、「俺はこうしたい」と自分の考えを明確にして、引っ張ってやる。
彼らは、演出の意向を意識するし、相手の芝居を受けるけれども、自分の解釈や、自分の芝居を持ってないわけじゃない。寧ろ、好き勝手やる役者よりも、真剣に考えているからこそ、相手や演出を受けるんです。その世界の住人として、生きようとするんです。
演出も相手役も、そこをわかってないと駄目だな。
そして、わかってないと、真面目な人達はどう動いて良いのかわからなくなって、曖昧な芝居をしてしまう。
これは、真面目な人達が悪いのではなくて、演出の責任です。演出はしっかりしてくれ。
(ちなみに、こういう人は、駄目出しもチョコチョコしてやらないと、逆に不安になります。自分には、悪いところがどこかある筈という、生真面目さから来る完璧主義が、悪い所の指摘を欲するんです。だから、演出がある程度満足していても、細かい駄目を見つけては指摘してやると、喜びます)

突然思い浮かんだ独り言でした。
posted by 國王 at 04:37| ウィーン ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 芝居ヲ見ル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月03日

じゅんじゅんSCIENCE 『サイエンス・フィクション』を見る

じゅんじゅんSCIENCE 『サイエンス・フィクション』を見る

→■じゅんじゅんSCIENCE

水と油のじゅんじゅんソロ公演。
見始めた頃の水と油を思い出した。
シンプルな舞台と、マイムが良い。
そういえば、水と油の根幹のようなものはじゅんじゅんが作っていると感じたな、と思い出した。

ただ、カップとソーサーはイマイチだな。
折角浮かせるなら、4〜6個くらい浮かせた方が面白いよな。
じゅんじゅんが動くからツラと奥に巧い具合に吊れば良かったのになあ。
あれだけインパクトの強いものを置いてしまうと、それが意味を持ってしまうから、ちょっと微妙なんだよな。何かに使うんなら良いんだが。複数なら逆に意味を持たないしね。

それから、倒れたところで、
倒れる(音楽CO)→ジリジリ→音楽LCIのちゆっくりFUの方が良いよな。
ずっと曲のゲージが変わらないのは、寧ろ違和感がある。じゅんじゅんに動きがあるだけにね。

その他は大変満足な公演だった。やっぱりじゅんじゅんは良いなあ。

〔なんとなく、素敵解説〕
註:CO→カットアウト。イキナリぷっつり切る
CI→カットイン。突然、ドンと入れる
LCI→ローカットイン。低いゲージで突然入れる。
FU→フェードアップ。ジワジワと音を上げる

++++++++++++++++++++++++

ワガハイ、オペでフェード系(FIとかFOとかCF)が苦手なんですが、その割りに、FUやFDは得意です。
何故かなあと考えたところ、FUやFDは役者の呼吸や芝居に合わせることが多いのですが、FIやFO、CFは合わせるモノが無いのが理由かもしれません。
カットなら、合わせなくても平気なんですが、フェードだと、途中で迷って不安になるんですよね。
車の車庫入れが苦手な理由と似てます。
(↑ワガハイは、車を駐車場に入れる時に「ここに入れよう…、あ、こっちの方が良いかも」とやたら目移りするタイプなので、巧く入れられない)
要は優柔不断なのがいけないんだな。(-_-)
ウウム。決断は早いんだけどね。優柔不断なんだよね。(←矛盾しているようだが、矛盾してない。何故矛盾しないかは、秘密)
posted by 國王 at 03:50| ウィーン ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 芝居ヲ見ル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月14日

「ミカド」を見る

■ミカド公式サイト
ミカドが再び上演されるとのことで見に行った。

前回、東京で公演した時は、1日しかなく、有給を取って見に行った(有給申請理由は「日本で滅多にやらないオペラを見る為」)のだが、今回は、5日間もやるらしい。ブラボー!!ブラボー!!( ̄д ̄)(前回は秩父で2日、東京で1日)

このミカドというのは、ギルバート&サリバンのオペレッタで、通称「サボイオペラ(←サボイ劇場で上演していたため)」と言うんですが、日本ではあまりやらないんですね。
CDさえも滅多に売っておらず、文献も少ないです(←神保町で「あまり見かけないね」と言われたことがある)。
GSと言えばD'Oyly Carte Opera Orchestraですが、裏を返せば、ここ以外のCDを見かけたことが無いです。DVDもリージョン1ばかりだしね。くそう!!
■ウィキペディア ミカド
■アーサー・サリバン
■ギルバート&サリバン(英語)

我輩にとってはそんな「幻のナントカ」に近いGSですが、前回の上演以来すっかり虜です。
音楽を聴いているだけでも、なんだか笑ってしまうような陽気さに溢れているこのオペレッタが、実際に日本語で見てみると、面白さは9倍でした。
ストーリィ的にはヘンテコなところもあるんですが、そんなことは、G&Sには関係ない。面白ければ良いのだ!!(断言)
こと、G&Sに関しては、色々書くのも野暮だと思うので、細かいことは書かずにおきます。あれは体感しないとな。
芝居ってさ、人を幸せにするためにあるんだよ、とだけ言っておく。
そしてミカドは人を幸せにするよ。

平日だったため、ガラガラだったのが残念ですが、ボチボチ盛り上がってました。ペンザンスの海賊の映像のように、無茶なアンコールも見てみたかったなあ。
我輩、実は3回観に行ったんですが、サイトを巡ったりしてみると、複数回行かれた方が結構いらっしゃるふうです。

ペンザンスの海賊も見たいなあ。

こちらのサイトが詳しいです↓
■ナンキプーさんのミカド考察
■ナンキプーさんのサイト

■楽々亭太丸さんのG&Sコーナー
■楽々亭太丸さんのサイト
posted by 國王 at 15:02| ウィーン | Comment(0) | TrackBack(0) | 芝居ヲ見ル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

りゅーとぴあ「マクベス」を見る

■りゅーとぴあ 能楽堂シェイクスピアシリーズ

チラシの「右近、笑也 地獄の道行き」というコピーを見ただけでも、ぐっと来るよね。マクベスはここまで好きなテキストじゃなかったけど、能楽堂シリーズですっかり大好きだよ。
良い役者、良い演出って大事だね。

演出が前回と比べて、大幅変更。
見た目のところでは、オカッパの日本人形が、地味な服の太鼓係になっていたり、歌が太鼓になっていた。
ヘカテの出番も減って、全体的に「不思議な気持ち悪さ」が、連動して薄くなっていた。
ここは、前の方が良いなあ。
やはり、マクベスの世界に流れる空気の一つだと思うので、前回くらいのおどろおどろしさが欲しい。その空気が、最後の「山が動いた」に生きてくると思う。

一方、マクベスの心情・夫人との仲を軸の中心にした部分はわかりやすい。
「だから一緒に行こう」
「今死ぬことはないじゃないか」
直接的に言い過ぎだと思う人もいるかもしれないが、マクベスの心が挫ける様子がわかりやすい。
ここが、しっかりしているので、最後にマクベス夫人が、光の中で待っていた時に、ドキっとした。マクベスに心情をあわせると、マクベス夫人が居るという事実だけで、泣きそうになる。
(ちなみに、ここの照明がえらく綺麗だった)

全体的には、前半を端折って時間短縮をしていたが、詰め過ぎになってしまって、マクダフと殿下のシーンが眠い。役者は巧いのに眠いのは、見疲れかな。ゆっくりしたシーンなので、気が緩んじゃうんでしょうな。だから、もう少し、盛り上がりと盛り上がりの間に、休憩が欲しい。
マクダフの妻のシーンは今回も要らないのにあった。カットしても、役者で十分展開できる。
もう、ここまできたら、大幅書き直しでも良いんじゃないか?

王殺害のシーンで、マクベスが引っ込む→王が舞台中央で死ぬという演出になっていた。面白いがわかりにくい。
もう一工夫あると、よさそう。

マクベスの心情の軸である、
暗殺へ
→暗殺(ここは芝居的に見せるところ)
→狂う
→夫人が死ぬ
→心が挫ける
が、はっきりすると面白い。
posted by 國王 at 15:01| ウィーン | Comment(0) | TrackBack(0) | 芝居ヲ見ル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ラッパ屋「妻の家族」を見る

■ラッパ屋
相変わらず、ベタベタしそうな主題をお洒落+ファンキー+シュールに料理している。
展開も何時もどおりだが、ラッパ屋に限っては、この何時もどおりが安心できるような気がする。やっぱり兄ちゃんが死んだら、ラッパ屋じゃないよな。
そしてやっぱり、無駄に池に落ちたいよな。

役者も、若干、芝居が古い感じがするものの、しっかりしているから、人々の兄への気持ちがファンキーな展開を支える土台になっている。
ヒデコの妊娠が発覚した後の「デコー」までの芝居も好きだなあ。

お母さんの(←録音の声の人が何時も良い)「人は幸せにならない」というのが、鈴木節。
「成長し続ける」「働き続ける」「発展し続ける」ばっかりが人生じゃないよな。
posted by 國王 at 15:00| ウィーン | Comment(0) | TrackBack(0) | 芝居ヲ見ル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月13日

【映画】「素粒子」を見る

■素粒子公式サイト

……( ̄д ̄;)
ブルーノ、やべぇ!!


イヤハヤ。
何とも言えない映画でした。
ソモソモ、何を描きたいのかサッパリわからない映画なのも凄い。
主題は何だったんだ?( ̄д ̄;)
一応、エロ衝動と支配欲だったっぽいけど、全く伝わってこない。

何というか、適当に頭の中のものを出しちゃった映画って感じですかね。
折角、異なった環境の異父兄弟なのに、その設定は全然関係がないし、エロ衝動と支配欲も、クローンの話も、描かれている物語と関係がない。
ある意味スゲェ!!( ̄д ̄)

酒を呑みながら、大勢で突っ込んで見ると楽しい映画だと思います。

〔ブルーノに対する突っ込みドコロ〕
◎ナチュラルに赤ん坊に睡眠薬を飲ませるな!
◎作文に何してんだ!!
◎フランス語の授業(←だと思う)で、勘違いしすぎ
◎公務員…( ̄д ̄)
◎女の子のパンツに惑わされすぎ
◎君に権利は多分無い

ブルーノ(國王的通称:ヒゲ)が画面に出てくる度にやらかしてくれるので、話は盛りあがりっぱなしですが、そんなものを人は求めて無いんだな…( ̄д ̄)
お母さんも、奔放すぎだろ!!
ヒッピー怖ええよ!!

DVD化されたら、是非、見てみて下さい。
posted by 國王 at 12:45| ウィーン | Comment(0) | TrackBack(0) | 芝居ヲ見ル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月12日

【映画】ロッキー・ザ・ファイナルを見る

やっぱりスタローンは格好いい( ̄д ̄)

何というか、それに尽きますな。
ジィさん達を丁寧に描き「俺は、若い奴らにメッセージがあるんだよ」というのをストレートに表現しているのが良い。
(息子や対戦相手や彼女の息子の描き方も結構好きだ)
ロッキーがボクシングをやっていたいように、スタローンもロッキーをやっていたいんだろうな。

映画には、「この絵があれば、後は何も要らない」って瞬間がある(というか、欲しい)んですが、KOされそうになっても、倒れずに立ち上がるロッキーが将にそれ。
格好いい。
ああいう表情を出来る役者って良いよな。

満足しました( ̄д ̄)ノ
posted by 國王 at 12:41| ウィーン | Comment(0) | TrackBack(0) | 芝居ヲ見ル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月21日

花組芝居「かぶき座の怪人」を見る

花組芝居「かぶき座の怪人」を見る

加納さんはやっぱり巧い。
最後に消えるシーンで、照明効果もあるが、役者の芝居で見せたのがスバラシイ。前半のヘンテコ衣装の加納さんもリアルにオバサンぽいが、最後の着物姿が非常に良い。

怪人の芝居が細かいのにうけた。ってか、隣で真剣なシーンをやっているから、うけちゃイケナイような気もするが、見ちゃうなあ。あれ。

演出としては、上下+提灯の踊りなんかが面白い。花組の良さは、衣装の華やかさもあるよな、と再認識した。
衣装は、凝ってない劇団もあるが、芝居は娯楽なんだから、そこは凝るべきだと思う。
花組のセンスは、正直、音楽が妙なところはあるけれど、舞台や衣装の華やかさ、体感させる、と言う意味に置いては、物凄く好きだ。
「芝居」って何かを考える舞台だと思う。

作に関しては、縦軸がしっかりしてないのが残念だ。九重八重子とロン毛のオッサンとの関係を、しっかりとした軸にしないと、アチコチ飛ぶ時に、ふらついている。
そして、怪人の思いも曖昧。怪人が歌舞伎を思う気持ちが表れる事件が何か欲しい。そこがしっかりしてないと、八重子が引き継ぐところが生きてこない。
上記の軸がしっかりしてないせいで、オッサンの公演と八重子の公演の切り替えが判りづらい。
折角、3本の話があって、絡み合っていく構成なのだから、ハッキリとした切り替えが欲しい。

台本としては、少し盛り込みすぎなのかなあ…。
posted by 國王 at 02:34| ウィーン ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 芝居ヲ見ル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

クダンプロジェクト「美藝公」を見る

前回、寺十吾に差を付けられてしまったかな、といった感のあった小熊ヒデジが物凄く良かった。二人のバランスが巧く取れている感じだ。

但し、レパはグダグダ。糸操りの時に、まだ書けてないと言ってた天街が、ナントカ書こうとしつつグダグダになった様子が見える。

今回、役者が非常に巧かっただけに、そろそろ天街のお遊びも要らないんじゃないかという印象を受けた。
天街の世界観も、演出も非常に面白いものだが、映像遊びなどの外連味が無くても、十分面白いレベルに芝居がある。素で勝負しても良いと思う。

まあ、遊びがまた、天街の良いところではあるんだけれど。
posted by 國王 at 02:14| ウィーン ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 芝居ヲ見ル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ク・ナウカ「奥州安達原」を見る

奥州安達原ってあんまり好きな話じゃないんですが、ク・ナウカはどうして好きじゃない話ばかりやるのかなあ。
きっと作演が好きなんだろうなあ。

舞台はかなりカッコイイ。だが、折角のシャ幕がイマイチ生きてない。もっと巧く使ってくれ。
老婆が最初に何人か殺すところで、使っておいて、シャ幕自体に意味を持たせた方がいい。すると、観客にも「あー!彼処に連れ込まれるッ!」と盛りあがりが増える。
後、上下出来るなら、その時だけ出現させたい。(大変そうだけど)
相変わらず、役者は巧い。
でも、娘を殺してから、老婆が死ぬまでの時間が長い。もう少しテンポ良く。観客の呼吸じゃなくて、舞台側の呼吸でやってしまっているのが気になるなあ。
そして、老婆の死はクライマックスなんだから、もう少し余韻を持たせてくれ。空白の時間も大切だよ。

出来れば、ジャンジャカ音楽
→老婆ジャンプ(その時、音楽一瞬無音)
→照明ギラギラ
→フェードで暗転(音楽もフェードで再開)→暗転をタップリ取ってから静かに明転。
くらいが欲しいなあ。

最後はちょっと蛇足っぽい。
面白いと言えば、面白いけれど、下手すると違う面白さになってた感じだ。
posted by 國王 at 01:06| ウィーン ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 芝居ヲ見ル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ITOプロジェクト「平太郎化物日記」を見る

■ITOプロジェクト

まさに、天街ワールドが糸操りの世界に!!と言った感じで良かった。天街の世界を、ツールを変えて表現した感じ。
糸操りは、今回初めて見たが、妖怪を表現するのに、人間の芝居よりも制限が多いが自由度も高いと思った。まあ、それは、映画でもアニメでも一緒なんだけどね。

役者(操者)は、平太郎を操っていた人が抜群に巧い。人形をいつの間にか、人間であるように見てしまう。
糸操りの世界ってのは、なかなか侮れない。

レパとしては、丁度、日記形式(日誌形式)による表現について考えていたところだったので、良い見本になりました。
やっぱり、日記形式はぶつ切りの効果があって、テンポが良い。俳句と同じく、都合の良い構成が出来るね。
ただ、金太郎飴になって飽きるのが難点。これをどうクリアするかがポイントの一つなんですが、天街は、ずっとテンションを保ったままで飽きさせない。
これは凄い。
寝る→化け物が出るの繰り返しであるはずなのに、化け物のバリエーションが同じことと意識させない。中垂れが無い。
この辺は流石、天街と言ったところですな。

そして、派手でロックな妖怪の繰り返しが、突然、ポンと寂しい気持ちがしてきた、と転換が秀逸。原作があるらしいので、いつもの天街とはちょっとテイストが違うものの、これはこれで凄く良い。

総括すると、少年王者舘の芝居は、舞台から圧倒される感じだが、今回は、舞台へ引き込まれる感じ。
最後に人間が出てきて、大きくて吃驚したよ。

〔アフタートーク〕
芝居の後に、アフタートークがあったので、そのメモ。

◎memo
・アクシデントが沢山起こった(何時も起こる=操り人形の世界では、普通暗転をしない。糸は絡まりやすい)
・天街が失敗したからもう一度やりたいと言う。客、拍手。舞台だったら絶対にやらないが、やりたいとのこと。
見ていても、少し違和感があった(しかし、操者が巧く芝居をしていたので、多分、気付いた人は少ない)箇所をやり直し。(目玉/ハサミ/蝶々/夢)
目玉は重傷らしい。
・江戸時代に実際にあった物語
(元ネタに忠実なのは、目玉が縦になった化け物や蝶や急に寂しくなる)
・蝶々の鱗粉は龍角散
・頼まれた時は、制約のある中で、どのくらいつっこめるかを考えると日記形式は便利、ドラマがずっと盛り上がる。
■稲生モノノケ大全 陰之巻に載っている話らしい。
本の編者の人(東雅夫氏)によると、後半は天街独特の世界。
・演出していくうちに、人間ではなく、人形に話してしまう。
(もう一度やりたいと言ったことからも、天街は、糸操りの世界が物凄く好きなったんだろうなあ。成功した時の、職人達の作る世界を見たら、観客にも見て欲しいんだと思う)
・人形は、西洋のものよりも、頭の動きが細かい。西洋は顔の表に糸を付けてしまう。
・ITOはスーパーユニット
・天街の家は、布団が書斎。病院の机のように、カラーボックスに布団を突っ込んでいる。

<ウニタモミイチ氏の話↓>
■momiichi
・16才の少年が実際に体験した物語なので、心理学的に言うと、少年の性の成長やアイデンティティの確立が妄想に近い現実の体験となって現れたらしい。
だから露骨なエロではなく、部分部分(乳房など)が出てくる。アイデンティティとして自分のコピーが出てくる。
ハサミは去勢を表している話。

<社会学者の宮台真司氏の話>
■MIYADAI.com Blog
人形にしか出来ない芝居というものを良く考える。「時空を越えていくこと」は人間には難しい(人形の無機物感か?)
糸を切るということによって、人形の外の世界を見せる

<野鳩の水谷圭一氏>
・おっぱいの二人組の所作が良い。
人間のようにいじらしい仕草
posted by 國王 at 00:55| ウィーン ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 芝居ヲ見ル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月20日

「動物園物語」を見る

動物園物語を見に行った。
大変面白かった。特に、ジェリーが良い。

「動物園行ってきました」
「犬、殺す」
「ジェリーと犬の物語、終わり」
「動物園で何があったか、知りたいでしょう?」
あたりの台詞が、えらくカッコイイ。ジェリーの気持ち悪さが良く出ている。
役者によっては、下手すると眠たくなるレパだと思うんですが、なかなかの好演です。
ジェリーが小男に見えたのもスバラシイ。ちょっとしたことだけど、最後に挨拶の時に意外に高くて驚いた。
小男に見えるかどうかは、腰を屈めるかどうかじゃなくて、小男の動きをするかどうかなんだけど、そこがよく分かってる。
段治郎の受ける芝居も良かった。受ける人がきちんと受けないと、全部流れていくよね。

レパは、ジェリーがピーターを引き留めるという主題は面白いし、犬の話は嘘かも知れないと思わせるところが良い。
ただ、全体的ややや粗い感じは否めないのがちょっと残念だ。

挙動不審
→ピーターを引き留める饒舌さ+派手さ+魅力(ピーターが引き込まれる)
→夕方になって暗くなる
→もうオウムの餌(ピーター帰ろうとする)
→突然変化

くらいの流れが欲しい。

ピーターを引き留める饒舌さのところで、短い話を何本して、最初は腰が退けているピーターも段々引き込まれないと、話がグズグズになるだけでなく、折角の芝居の一番面白いところが曖昧になってしまう。ここは見せるところだろ。
ピーターが引き込まれるほどの魅力が、レパだけだと無いなあ。役者が頑張ってどうにかしていたけれど。
犬の話は面白いけど、長いんだよな。
もうちょっと短くて魅力的な話を何本かやらないとな。バランスが悪いよね。
最初の辺りのツマンナイ話を短くして、あと2本くらい面白い話を入れても良いんだよ。

舞台装置も色々と面白かった。
能舞台の様に、舞台に客席が作ってあって、本来の客席は一切使わず。贅沢な空間だなあ。
舞台の木を紙で作ってあって、折り紙の天の川っぽいものが将に葉に見える。
照明を50頭くらい吊っていて、森の中の光
や、サイドからフォローが丁寧で良い。
音は、SEのみだけど、これも有りな感じ。
後は、飛行機が芝居ちっくで面白かった。まあ、定番なんですけれども。
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東京乾電池「ピンクの象と五人の紳士」を見る。

今回、辛口につき、ファンのシトは見ないが吉。続きを読む
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2007年01月08日

グループ る・ばる「八百屋のお告げ」を見る

鈴木聡の作なので見に行ってみる。
全体の感想としては、演出が駄目だ。
盛り上げどころはきちんと盛り上げないと。

確かに鈴木聡のレパはちょっと演出が難しい。一歩間違えば生臭くなるし、時間がブツ切りで、筋が出来にくい。
それを、本人の演出であれば、巧く処理しているけれども、この演出家は処理出来てなかった。良いところも死んじゃうね。

不条理だし、何がどうなってそんなことになったかわからない、でも「こうなっちゃったんだ」というパッションの爆発が良いところなのになあ。
フニクリフニクラなんかは、将にそういう爆発どころで、全員泣きながらやっても良いくらいだよ。そして暗転だよ。

照明が微妙なのも気になった。
最初の場面で、窓の外の明かりが、早朝の明かりだったけど、時間は10時だろ?見ている方が混乱するよ。
昼になっても、昼の光にならないしな。
(夕方は出来て当たり前)
他にも細々と気になる照明だった。

加納さんの違う面が見られたのは面白かった(人物像が安定してないからやりにくそうにしていたけどな)。

小母さんがカッパちゃんを抱きしめるシーンは、もっと速くて良いよな。
ああいったリズムに演出のセンスが無い。
人の感情には流れがあって、感情がトップに行った時に動きが出るんだが、それを役者の好きなリズムでやらせたら駄目だよ。
役者のリズムで合っていることもあるけれど、客のリズムと違う事もあるしね。
それを摺り合わせるのも、演出の仕事の一つだよな。

演出が駄目だと、こういう転け方をするというのがよくわかった。
posted by 國王 at 10:08| ウィーン ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 芝居ヲ見ル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ダンスネットワークのナニガシを見る

軍曹が出るというので見に行く。

最初は後ろの方で見てみる。
近くで見れば気にならないのかもしれないが、こうして全体を見ると、動きがバラバラのチームが幾つかあった。手を挙げる動作にしても、タイミングだけじゃなくて、角度や指先が揃ってなかったら格好悪いよ。

軍曹の出番が近づくので、前へ行く。
案の定、前で見ると、後ろで見ていた時よりは気にならないが、やはりバラバラなチームはバラバラらしい。

軍曹が登場して、一先ず、軍曹のチームは身体能力が高めだとわかって安心するオレサマ。こうやってビシっと揃うのは、前提だよな!!( ̄д ̄)

…ウムウム。(-_-)

なかなか良かった。
posted by 國王 at 09:43| ウィーン ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 芝居ヲ見ル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする